お父さんお母さんのためのツアー

ここは、北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)です。

オンラインインスタミートで2021年1月のホストをさせていただきました。この時のテーマが「北口本宮冨士浅間神社」です。Zoomでお見せしたお写真とご説明を記事にしました。

山梨や静岡には「浅間(あさま・せんげん)神社」がいっぱいありますが、
3人の神様がまつられ、3箇所お参り出来て、3種類の御朱印がもらえて、
3つの天然記念物、3つの国の重要文化財が有名(他にも天然記念物・国の重要文化財多数)と、富士山に関する神社のお参りをするなら、まずはココ!という有名な神社です。

見どころいっぱいなので、ひとつひとつ説明しますね。地図がコチラ。

境内の案内は、コチラ(PDFです)
https://www.sengenjinja.jp/pdf/keidaiannai.pdf

ホームページはコチラ
https://www.sengenjinja.jp/english/index.html

参道(さんどう)です。砂利道と左右の燈籠、杉の木は、写真撮影スポットです!この日も、カメラで何度も撮ってる方がいました。

大鳥居。実は日本で最大の木造の鳥居です。大きくて高くて、ここも、写真スポットです。

拝殿と、太郎杉です。太郎杉は県の指定天然記念物。樹齢千年と言われ、ご神木として拝殿と共に人気の撮影スポットです。

こちらは、夫婦桧(めおとひのき)。市の指定天然記念物。根本が一緒で、途中で二本別れ、上でまた一緒になってる珍しい桧です。夫婦円満の象徴として親しまれています。

拝殿、本殿の脇にも、沢山の神社。
北口本宮冨士浅間神社は、3人の神様がまつられています。
「木花開耶姫(このはなさくやひめ)」絶世の美女で、炎の中で3人の子を産んだ伝説から、安産、火防、(富士山の噴火を防ぐ)芸能、お酒、お蚕さまの神様と言われています。

夫の「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、夫婦円満の神様。

もうひとりは、木花開耶姫のお父さん「大山祇神(おおやまづみのかみ)」。全ての山の神、家族円満を導く神様です。

2021年現在、国の重要文化財の東宮本殿・西宮本殿は工事中です。

神社の鳥居と赤い旗という組み合わせは、外国人の方にも好まれる撮影スポットです。

恵比寿様がまつられています。しっかりお参りしてお顔を見ていきましょう。おみくじも引けます。

東宮の脇も、赤い旗が美しいです。

東宮本殿も国の重要文化財です。
800年代・藤原、1200年代・北条の時代に造営、1500年代に武田信玄が川中島の合戦で勝利を祈願して再建したとされる、現存する建物では最も古い建物です。藤原、北条、武田と時の人たちが関わっている神社って凄いです。
この日も、お参りする方が多かったです。

夫婦梅。梅が咲くころ見てみたいですね。

実は、次郎杉も、ここにあるんです。富士吉田市の指定天然記念物。本殿と西宮の裏にあるので、太郎杉に比べると撮り方が難しい位置にあります。

何とか、次郎杉が撮れました。写真好きな方には、ぜひ太郎杉だけでなく次郎杉もカッコよく撮っていただきたいですね!

七色もみじ。ここで着物や袴、和傘など構えたら写真撮影スポットになりそうな?

木花開耶姫はお酒の神様でもあります。富士吉田市や富士山一帯のお水は美味しいのでお酒も美味しいことでしょう!

合格祈願に絵馬を飾るのは日本では当たり前ですが、外国人の方が見ると珍しいようで、綺麗だからと写真を撮る方も多いです。

大塚丘。おつかしゃと読みます。神奈川から山梨に向かっていた日本武尊(やまとたけるのみこと)が、110年に、この丘から北に富士山を見て「ここから富士山を見るのが良いだろう」と短歌を読み、鳥居を立てたことから、ここが北口本宮冨士浅間神社の発祥の地と言われています。

大塚丘は、本殿や東宮、西宮から徒歩10分くらい離れています。この桧を仰ぎ見ると、大鳥居や本殿や東宮などの華やかさ賑やかさと違い高く澄んだ静けさを感じる不思議な場所です。

大塚丘にお参りした後、いただいた御朱印です。日本武尊が猿たちと一緒に富士山を見つけた時の絵葉書もいただけます。

同じ境内に、諏訪神社があるのも特徴です。しかも両脇に、これまた巨大な杉の木がお守りしているようです。

長野の諏訪と関係があるのかと思ったら、もともとの氏神様で諏訪の森という森があったそうです。

吉田の火祭りで有名で、御朱印にも書かれています。このように、北口本宮冨士浅間神社に来ると、大塚丘と諏訪神社も参拝すれば、三か所の御朱印がもらえるのです。

元旦の拝殿です。三度お参りしていますが三度とも発見がありました。それくらい、ぜひ、中を見ていただきたい。

大きな大きな天狗と神様のお面があるので、ぜひ、見ていただきたいです。
拝殿も国の重要指定文化財です。様々な装飾をご覧いただけます。

一回目に行ったときの御朱印です。かくばった書体です。

二回目の御朱印。伸びやかな書体です。

御朱印帳がなくても、半紙で書いていただけます。この御朱印は、種雄お父さんようにいただきました。種雄お父さんが、英子お母さんに見せてお話しできるように、です。

写真スポットとしては、やはり太郎杉です。樹齢千年の木肌をまじまじと見れるって、なかなか無いですよ!

110年に日本武尊が発見し788年に社殿建立。以後、藤原、北条、武田と時代を生きる人たちが造営や再建を手掛けながら1615年まで創建され続けてきた神社です。参道にある燈籠の形も様々で、苔ひとつとっても時の流れを感じます。

ひとつの神社の中で、氏神様と3人の神様(木花開耶姫、瓊瓊杵尊、大山祇神)と、発祥の地として日本武尊をおまつりしている神社は、珍しいと思います。

富士山は、世界遺産ですが、富士山単体ではなくて、富士山とその信仰にまつわる対象や芸術の源泉すべてが資産のひとつとして「世界遺産」となっているのも、うなずけます。

たとえば、富士山は、もともと噴火が多いので、噴火しないようお祈りするために「浅間神社」が静岡と山梨に建立されました。
それが、「富士山そのものを神様として遠くから拝む」考えから、山伏や修行僧が「富士山に登ることで御祈りをささげる」時代となり、江戸時代に、東京や神奈川千葉から、村を上げて代表者が年一回富士山まで歩き、御師(おし)の家で泊まり身を清め、ご祈祷などしていただき、村の代表として登山して村の願いを叶えるとする「富士講(ふじこう)」が出来ました。

その「富士講」で有名なのが角行(かくぎょう)さんで、この石の上に裸でつま先立ちで30日の荒行をしたり、江戸で3日で千人死んだ奇病を癒し庶民を救ったとして有名です。106歳で亡くなるまでに、富士山には128回登山しており、富士講の代表的な人です。

…などなど看板に細かく書いてありホームページにも載ってるので、おかげで種雄お父さんにも説明できました!

富士山、北口本宮冨士浅間神社の神々様、ありがとうございました。

また、オンラインインスタミートに参加くださった皆さん、インスタミートから来て読んでくださいました皆さん、ありがとうございました。

花が咲くのも。枯れるのも。生きるのも。亡くなるのも、自然。

生きること、咲くこと、枯れること、無になること、全て、恐れることなく「いとおしい」と思います。私達の命とは、自然の一部なのだと感じます。愛したこと、愛されたこと、ありがとうの感謝の気持は、消えることなく、永遠だと思っています。

2021年1月22日。心のなかで、種雄お父さんと一緒に参拝した、北口本宮冨士浅間神社の思い出です。

この記事を、2020年1月23日に天国に旅立った草柳英子お母さんと、一年後の2021年1月23日にお式を合わせるタイミングで天国に旅立たれた草柳種雄お父さんに捧げます。

一年遅れで、やっと会えましたね。日にちを合わせるとは、最後まで仲良し夫婦でした。子どもたちは絶対忘れませんよ。どうぞ天国で心安らかに穏やかに暖かなお気持ちでご一緒に笑顔でお過ごしください。私達のことも安心して見守りください。

たくさん・たくさん、ありがとうございました。そして、これからも。

いつかまた、天国で会いましょう。その日まで。

2021年1月24日 草柳ちよ子

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